彩り豊かな装飾を誇るヘブライ語写本の傑作
 


パラティナ図書館 (パルマ)

The Parma Psalter

MS. Parm. 1870
(De Rossi 510)

13世紀に作られた詩篇の装飾写本。Abraham Ibn Ezraの註解を収録。

彩り豊かな装飾を誇るヘブライ語写本の傑作です。

ISBN 0 948223 111
価格 £2,235.00

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中世に書かれた詩篇 の写本の中でパルマ (イタリア)にあるパラティナ図書館の所蔵する写本 Ms. Parm. 1870 (Cod. De Rossi 510)はとても価値があるとされています。贅沢な 装飾に彩られたこの本はEmilia地方 (イタリア)で1280年頃に書かれたと思われます。452ページにわたって、見やすく書かれたヘブライ語 (ユダヤ人の言葉)で書かれています。ヘブライ語の文字はもともと子音を表すために使われ、今日でも特に母音 a、 e は書かれない事が多いのですが、この写本では、母音符号によって、読み方が明記されています。 『詩篇』を構成する150篇ひとつひとつに番号が振られ、多くの箇所にさまざまな楽器や場面が描かれています。おそらく、裕福でユダヤ教に詳しい支援者によって注文された本であり、Abraham Ibn Ezraという学者による 『詩篇』の註解が含まれています。ユダヤ人による中世の学問と芸術振興の遺産のひとつと言えます。

安息日(金曜の日没から、土曜の日没まで)の終わりだけでなく、冠婚葬祭の行事や割礼式でも『詩篇』は誦まれます。この写本ではそれぞれの儀式で使われる箇所を示しています。

Folios 1b-2a - 写本の中の詩篇第1篇が書かれたページ。真ん中の部分の枠が原文で「幸いである」を示すヘブライ語 אשרי ‘ashrei’から始まっています。

詩篇はあらゆる行事で誦まれ、聖書の初めに収められたTorah (モーセ五書)の次にユダヤ人に愛されています。詩篇は時代を超えて、多くのユダヤ人に毎週1篇ずつ誦えられ、この写本にも誦む順番が書かれています。

Folios 42b-43a - 詩篇第34篇に関する場面 詳しく » Folio 188a - 詩篇第126篇に関する場面 詳しく »

『詩篇』には多くの魅力があります。神を讃える歌、哀しい詩、教訓、そして謎めいた詩など、さまざまな詩に出会えます。勇ましく、人間性のある詩は、創世や契約を記したモーセ五書をうまく補っています。あるmidrash (聖書の註解)にも「モーセが五書をイスラエルの民に授けたように、ダビデ王は詩篇を授けた。」と書かれています。ユダヤ教ではモーセ五書のある箇所を読み進めて、1年または3年で読了します。詩篇も昔は週ごとに誦まれたようです。なぜなら、第41、第72、第89 、第106篇の終わりにある讃歌により、『詩篇』は5つに分けられるからです。

150の篇から成る詩篇のように、かつて、モーセ五書も150の朗読箇所に分けられ、3年周期で読まれていたようです。中世の作品において、楽器の絵は珍しく、この写本は音楽学や芸術史の専門家にとっても、貴重な資料です。

この作品は13.5cm × 10cm の紙でできており、452 ページあります。婚約、結婚、割礼、葬儀、またお祭りの時期を締めくくる安息日に唱えられる部分 (16ページから成る quire )が、後に付け加えられました。装飾に使われる色はよく調和しており、金も贅沢に使われています。パルマにあるパラティナ図書館は1650巻のヘブライ語写本を所蔵しています。この作品は当時のヘブライ語写本の中でとりわけ輝いている作品です。イタリアのヘブライ学者がGiovanni Bernardo De Rossiが集めたヘブライ語の写本やその他の貴重な本がこの図書館に収められており、この分野において世界屈指の多さを誇ります。

 
Folios 85b-86a - 詩篇第64篇に関する場面 詳しく »

Abraham Ibn EzraはスペインのTudelaで1089年に生まれました。聖書の註解だけでなく、数学、天文学、文法学、哲学に長けていました。慧眼(けいがん)の学者で、理性と星占いを組み合わせた考えなどを発表しました。当時としては、とても新しい考えでした。彼の生涯には貧しい時期が多かったですが、知性が鈍る事はありませんでした。

詩においても、Abraham Ibn Ezraは才能を発揮しました。他人を激しく批判しながらも、ひかえめな人間性が詩や散文に表れています。108を超える本を書いたと言われていますが、ほんの一部しか残っていません。彼の考えや独創的な著作はスペインのユダヤ共同体だけでなく、他の地域の学問や宗教にも影響しました。死が迫りつつあった75歳の頃、「Abrahamが神の怒りから離れた時、75歳だった。」という詩を残しました。『創世記』12章4節に出てくるHaran (Charan) (חרן)という町の名が、ヘブライ語で「怒り」を表す haron (charon) (חרון) に似ているので、しゃれを入れたのです。Abraham Ibn Ezraは偉大なユダヤ人の賢者として、今日でも尊敬されています。

詩篇第149篇に関する場面では、指揮者の前に置かれた楽譜と5人の聖歌隊が描かれています。「神々の中で、あなたのような神はおられません。」という第86篇の文が書かれています。安息日の朝、モーセ五書が読まれる前に歌われます。 (東欧系ユダヤ人の伝統による。)

言い伝えによれば、Abraham Ibn Ezraは詩人Judah Haleviの娘と結婚し、5人の子供を授かりました。5人の内、病により4人が亡くなり、Isaacという子供だけが死を免れました。Isaac は後にイスラム教に改宗してしまいました。Abraham Ibn Ezraは数々の悲劇を悔やみ、旅に出ました (Rome, Lucca, Pisa, Mantua, Béziers, Narbonne, Bordeaux, Angers, Rouen, Londonなど)。 1147年、フランスで彼に会ったラビ(ユダヤ教の聖職者)達は彼の賢さに感嘆しました。

Folio 105a - 詩篇第76篇に関する場面 弦楽器が描かれています。 拡大 »

Ibn Ezra は詩篇で使われる語感をうまく捉えるだけでなく、独自の考えを表し、人間性を深く読みとっています。本に書かれた日付と地名を見て、De Rossiはこの本が1156年にロードス島で書かれたと考えましたが、それは、Ibn Ezraが註解を書きおえた年だと考えられます。また、書かれた場所はRouen (ラテン語でRodamagum)のようです。聖書のサムエル記・下巻ではダビデ王が詩に長けていたと書かれており、詩篇の中では73回もダビデ王の名が出てきます。Ibn Ezraは詩篇の著者について、釣りあいの取れた意見を述べています。彼の著作は当時から今まで多くの研究者に評価されています。優れた批判精神は常に読者に訴えかける力があります。Ibn Ezraの註解、そして他の学者がその上に書き足した註解はユダヤの聖書注釈の歴史において欠かせない物です。

 
Folios 82b-83a - 詩篇第61篇が書かれたページ。犬の頭を持つ人物が描かれています。 詳しく »

はじめに

Michael FalterとLinda Falterが代表を務める弊社は長年にわたり、写本の複製の技術、傑作と言われる写本を研究して参りました。原本に限りなく近い羊皮紙、色、金による装飾などを世界の優れた職人とともに再現し、皆様の満足される製品作りを目ざしております。

原版には、透き通るように薄いvellum紙が使われています。表面を加工していないpH 中性の 植物性羊皮紙が使われています。羊皮紙より刷りやすい、同じ性質の紙を作り、印刷しました。

Folio 118bからの一場面 - 詩篇第83篇が書かれたページ。武器と盾を持つ3人の戦士に向かって、頭巾の付いた服を着た人(Asaph)が「主よ、黙っておられないで下さい。この戦士どもは神とイスラエルの敵です。」と言っています。

質の高い写真

原本の撮影から複製作りは始まります。原本を所蔵するパラティナ図書館の館長Ugollotti氏の許可を得て、経験豊かな写真家Vivi Papi氏が今回、撮影しました。写本をほどき、平らにしたページを撮りました。原本と全く同じ大きさの複製を作りました。

最高の色づかいを目ざして

撮影の後は、最高の色そして、原本のような歴史の深みを再現すべく、デジタル技術で 色を解析、再現します。細部を経験豊かなミラノの色職人が直した後、羊皮紙を試作いたします (各ページ、4回まで試作)。原本と比べ、納得の行くまで、作業を繰り返します。最大10色が使われ、弊社がイタリアにある印刷所で全ての部を監督しました。

パラティナ図書館のラベルが貼られた裏表紙の再現 拡大 »

金の装飾

700年経った今でも、原本を彩る は良い状態を保っています。弊社は調査を重ね、浮き彫りを使わずに金箔を盛り上がらせる方法を再現しました。一枚ずつ、職人が金箔を貼りました。

本の番号

各部には番号が刻みこまれています。すべての部を刷った後、ラビ(ユダヤ教の聖職者)の承認を得て、印刷に使った型を処分し、お客様のお買いになる複製本の価値を保っています。

年を経るごとに、パラティナ図書館の司書によって原本の裏表紙の内側にラベルが何枚も付けられました。複製本では、そのラベルも再現されています。

複製本の表紙 拡大 »

製本

紙の大きさの細かい違いをも一ページずつ本物と同じ形に切り、ロンドンにあるMaster Binderという機械で綴じました。高温で貼られた金箔は乾燥後、年月を経た渋みが出るように仕上げます。完成後、裏表紙の内側に本の番号を入れます。表紙にはイギリスで最高級の羊皮紙を使いました。本の背も羊皮で忠実に再現しました。

綴じる前に、複製本のページを原版の各ページと全く同じ大きさに切り、それから金箔などを使った装飾作業に入ります。完成後、裏表紙の内側にとても小さく、本の番号を入れます。

註解書は茶色の子羊の皮に綴じられています。背に金箔が貼られています。

大理石模様の外箱に入った複製本と解説書 大きく »

飾り方

上の写真のように、複製本と解説書はまとめて外箱に収められます。外箱には大理石模様が施されています。原本を所蔵するパラティナ図書館と弊社の署名が入った保証書が全ての部に付けられています。

贈呈される場合、ご入用なら弊社のカリグラファーが手がけた華やかな保証書をお送りします。注文時にお申し付けください。しばらく時間を頂きます。この複製本の内のひとつは、オックスフォード大学ユダヤ学における主席卒業生に贈呈されました。

発行部数

通常版500部と、贈呈などに適した特別版50部の限定出版。原本を所蔵するパラティナ図書館と弊社の署名が入った保証書がどの部にも付けられています。 

発送、包装、保険

本体の価格は包装、発送、保険の費用を含みます。UPS社が運送を担当いたします。ご注文が入り次第、お客様にelectronic invoice (送り状)をお送りします。UPS社からお客様へメールが届き、お客様の商品の進行状況が分かります。

 

原本の調査を担当する専門家による考察は弊社の作品に欠かせぬ彩りを添えています。複製本を補うにふさわしい見映えと内容を目ざして、解説書を作りました。Ibn Ezraによる註解の訳を、今まで英語に訳された事のない部分を含め、収録しました。

Ibn Ezraによる註解を研究するEmmanuel Silver氏が訳と説明を担当します。

エルサレム・ヘブライ大学で写本・古文書を研究するMalachi Beit-Arié氏がこの写本を詳しく調べました。

美術史の専門家Thérèse Metzgerが装飾、絵などについて説明します。

パラティナ図書館の館長であるNice UgolottiはParmaにあるDe Rossiコレクションについて解説しています。De Rossiは自身の収集品を紹介するカタログを1803年に出しましたが、1816年、ナポレオンの妻Marie-Louiseへ10万フランで売りました。その後、収集品はパラティナ図書館に贈られました。

今までに知られていない情報を含むこの解説書は、中世のユダヤ思想と芸術をどなたにも分かりやすく説明しています (英語)。 Jeremy Schonfield氏による編集です。

解説書の58ページと59ページ
Folio 188bからの一場面 - 写本に描かれた詩篇127篇に関する場面。「家を建てるのは主なる神であり、さも無くば、人の建てる業には意味がなく、虚しい。」と書かれています。

Ibn Ezraの詩篇に関する註解の全てが訳された事はなく、研究によって、彼の思想が明らかになり、認められています。弊社の解説書では、専門家Emmanuel SilverがIbn Ezraの人生、思想、作品に関して分かりやすく説明し、Ibn Ezraによる註解の訳も一部載せています。Ibn Ezraがロンドンで亡くなった事実など、新たな発見を紹介しながら、これまで謎に包まれていたIbn Ezraの生涯を解き明かしています。

彼のさまざまな才能が作品の至る所に見られます。解説書は詩篇や、ユダヤ世界へのIbn Ezraの貢献だけでなく、この写本が作られた状況を詳しく説明しています。1215年に、Lateranoで開かれた第四回キリスト教公会議はユダヤ人の信仰と命に大きく影響する試みを提案しました。それは、ユダヤ人を農奴として働かせ、ユダヤ人だと分かる目印を付けさせようという案でした。パリやイタリアの町でユダヤ教の書タルムードが焼かれました。1278年にはローマ教皇の影響が激しくなり、弾圧は増える一方でした。その頃、その地域には12000人から15000人ほどのユダヤ人が暮らしていました。ユダヤ人による反乱は十字軍によって鎮められ、改宗、移住、ユダヤ教を密かに信仰する事などを余儀なくされました。この写本が作られたのは13世紀の終わりでした。

解説書からの抜粋

Of all the bright stars in the firmament of medieval Jewish history and literature, perhaps the most fascinating personality is Rabbi Abraham ben Meir, surnamed Ibn Ezra, of Tudela in Spain. He is celebrated equally as an incessant traveller, as a lifelong luckless but cheerful pauper, and as an amazing polymath, prolific writer and poet. Up to a couple of generations ago, you could mention his name to the average Jew in the synagogue - or for that matter the average Jewess in the kitchen, or even the child in cheder - and you would call forth a plethora of anecdotes, epigrams, travels, adventures, witty retorts and a list of literary works.
     Compare him with, say, Moses Maimonides, his younger coeval and compatriot, who likewise left Spain, travelled far and authored numerous books. He, too, is familiar to the Jewish masses thanks to the survival of a great deal of biographical details. But fascinating? Was he not a cold, logical thinker, a rational philosopher, a strict, legalistic codifier, a dry moralist who delighted in disabusing his contemporaries of their fond beliefs in the existence of demons and the efficacy of astrology and witchcraft? Ibn Ezra, by contract, is all light, wit, warmth, humour, adventure, poetry, a generous purveyor of astrological treatises and horoscopes, a pauper but a cheerful one, a man of the people wherever fate took him - isn't he?
     And yet, when we look closely at the evidence available, the comparison may have to be turned on its head. Maimonides' life is extraordinarily well documented. Hundreds of his letters have survived and been published, many of them 300 years ago. He could trace his descent back through seven generations of distinguished rabbis[1] (although we never hear of his mother). He was ascetic, yes, but not cold; he was very emotional[2] and compassionate.[3] A large part of the motive behind his second major opus, the legal code, was his desire to lead back to full belief and observance those of his coreligionists who had begun to fall under sectarian influences - and he succeeded by persuasion where his predecessors (e.g. Rabbi Saadia Gaon) by literary belligerence had generated more and more resistance. His third great work, The Guide for the Perplexed, was undertaken, not as a prescriptive code of what Jews should believe, but in response to an appeal by a young aspiring scholar in distant Iraq for guidance in his search for truth. And his fourth celebrated corpus of writings - the medical works - includes countless letters answering cries for help from the sick, Jewish and Muslim. His nursing of Richard the Lionheart (his employer's enemy) back to health is attested. On this score, too, should be remembered his description of his daily routine (in a letter dissuading a young French scholar from making the hazardous voyage to visit him at Cairo): 'When I return in the afternoon from my duties at Court, I find my surgery besieged by the sick waiting to consult me, both rich and poor, and I am so exhausted that I have to lie down while seeing patients.'[4]

Footnotes
[1] See the subscription (author's postscript) at the end of his first great work, the Commentary on the Mishnah.
[2] Compare his letter to Japhet ben Elijah, dayyan at Acre: ' ... The greatest evil that has ever befallen me in my life, the death of [his younger brother David] who was drowned in the Indian Ocean, taking with him a huge amount of money, his own, mine, and other people's, and leaving his baby daughter and his widow with me. For a year after hearing the news I was dangerously ill in bed with a serious skin disease and fever and depression. Since then, for the past eight years, I am still grieving and unconsoled. How can I feel consoled? He grew up on my knees, he was my brother, my pupil, he it was who ran the [family] business and earned our living while I could sit in peace [to study and write]. He was knowledgeable in... My only joy was seeing him... Every time I see his handwriting or one of his books, my heart turns over and my sorrow is reawakened ... '
[3] See, for instance, his Iggereth Teman and Iggereth ha-Shemad.
[4] The passage actually runs thus: '... You are welcome to come ... I long to see you ... but I would not like you to endanger yourself on such a voyage, for all you would achieve would be the sight of my face ... Do not hope to have my company or my attention for a single hour by day or night. This is how I pass my time: I live in Fustat and the king lives in Cairo two kilometres [lit., 'two sabbath journeys'] away. I have to visit him every morning early. If he feels weak or ill, or if any of his children or wives is sick, I will be there most of the day. Then one or two of his courtiers may feel ill and require my attention. In sum, ... if nothing untoward arises, I arrive home, never before midday, starving with hunger, to find the porticos brim full of people - Gentiles and Jews, important and ordinary, judges and officials, friends and enemies, all kinds - who know when I return. I dismount from my donkey, wash my hands, go out to them and beg them to fogive me while I eat a snack, the only meal I manage in twenty‑four hours. Then I go out and treat them and write them prescriptions and remedial regimes. They never cease entering and leaving until nightfall, sometimes two hours later or more. I speak with them lying prostrate from exhaustion. At night I am too weak to speak. In short, nobody can have a private discussion with me except on the sabbath. Then all or most of the congregation come after prayers and I give them instructions for the rest of the week ...' (Letter of Moses ben Maimon to Samuel ben Judah Ibn Tibbon, translator of The Guide for the Perplexed from Arabic into Hebrew. Dated 8 Tishre 1511 Greek Era [September/October 1199].

 
写本
  • 452ページ 大きさ13.5cm × 10cm
  • 原版と同じ透かし度と厚さのvellum紙が複製本に使われています。アルプス山脈にある小さな製紙場で作られた特注の紙です。 pH 中性で、表面を加工していない紙が使われています。
原版の撮影
  • 撮影のため、写本の綴じ目をほどき、平らにしました。 Large-format のフィルム(10 × 12 cm以上)で撮影しました。
色の解析、再現および試作
  • 色の専門家の技術とレーザースキャンによって 色を解析し試作を行います。 (各ページ、4回まで) パルマで原版と照らし合わせ、限りなく近い色になるまで修正します。
印刷
  • 最大10色によるオフセット印刷。 弊社がイタリアにある印刷所で全ての部を監督しました。
金の装飾
  • 700年経った今でも、原本を彩るは良い状態を保っています。職人が金箔を一ページずつ丁寧に貼り、再現しました。
紙の大きさ
  • 紙は原版と同じ大きさで、23カラットの金箔を使いました。
製本
  • 最高級のvellum紙を使って綴じました。本の背には羊皮が使われています。高温で貼られた金箔は乾燥後、年月を経た渋みが出るように仕上げます。本の題は緑のモロッコ革に印刷されています。原版と同じ枚数構成が忠実に再現されています。
解説書
  • 280ページ。Fabriano Ingres紙。茶色の子羊の皮に綴じられています。背には金箔が貼られています。
贈呈用の保証書  (ご入用なら)
  • 贈呈用の言葉・文をお入れする事ができます。カリグラファー が手がけた華やかな保証書をお送りします。注文時にお申し付けください。しばらく時間を頂きます。
飾り方
  • 複製本と解説書はまとめて外箱に収められます。外箱には大理石模様が施されています。縁にはモロッコ革が使われています。
発行部数
  • 通常版500部と、贈呈などに適した特別版 50部の限定出版。原本を所蔵するパラティナ図書館と弊社の署名が入った保証書がどの部にも付けられています。複製の価値を保つため、出版後、印刷に使った版と型を処分いたします。
発送、包装、保険
  • 本体の価格に発送、保険など、すべての費用が含まれています。
  • UPS社による発送。 (一部地域除く)
  • 一部地域を除く追加料金なしの翌日配達サービス(UPS社)
  • 送り状とメールをお送りします。メールで進行状況をお知らせします。
 
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